施設の歩み

歴史

《明治から令和へつなぐ、「困窮する無告の市民を救済する」130年の歴史》

1890(明治23年)
1890(明治23)年
「神戸報国義会」創立
1892(明治25)年
「困窮する無告の市民を救済する」
貧民救済事業開始:育児院・施療を開設
1900(明治33年)

(1925(大正14)年、年間延べ4万人、1日平均100人の困窮者を助けた:市役所の記録より)

1936(昭和11)年
小曽根家土地寄贈により施設を拡大:
養老・母子・身体障害者の施設新設・・・総合施設の基礎

(1941(昭和16)年、施設利用者は年間延べ9万人、1日平均250人:市役所の記録より)

1945(昭和20)年
米軍機による神戸大空襲によって全施設焼失
1947(昭和22)年
小曽根家土地寄贈等により現在の兵庫区夢野町に復興拠点
1948(昭和23)年
生活保護法による保護施設(養老・救護・医療)、
児童福祉法による児童福祉施設(養護・母子)開設
「福祉の谷間」にいた人も受け入れる
1950(昭和25年)
1988(昭和63)年
全国に先駆けて通所事業が認可。「施設から地域へ」
1992(平成4)年
福祉事業開始100周年、「社会福祉法人神戸光有会」に名称変更
神戸光有会の原点は創立以来「社会のセーフティネット」
2000(平成12年)
2007(平成19)年
「アルブル夢野」開設
2012(平成24)年
「夢野児童館」開設
2020(令和2年)
2020(令和2)年
「地域活動支援センター」開設
結成130年
2022(令和4)年
福祉事業開始130周年・・・・・・・開設

【創立】

《山岡鉄舟の影響で目加田栄が立ち上げ、小曽根喜一郎が賛同》

明治維新後、明治天皇の侍従を務めた山岡鉄舟の社会事業に影響を受けた目加田栄が「困窮する無告の市民を救済する」を教義に「神戸報国義会」を立ち上げ、人道主義者だった実業家・小曽根喜一郎氏が賛同し資金援助をして財政基盤を支え続けた。

【時代背景】

《激動する明治時代、セーフティネットの先駆》

明治維新後、明治天皇の侍従を務めた山岡鉄舟の社会事業に当時の神戸は富国強兵策により出稼ぎ労働者が大量に流入。好不況に翻弄され大量の失業者が溢れていた。
まずは、困窮する子どもを養育する「育児院」と貧困の幼・老・病者を診察する「施療院」を設立。次第に、行路病者、遺棄児・遺児、母子、刑余者、水害被害者、東北地方の大凶作被災児らを行政の要請で引き受けるなど、ギリギリのところで生きる人々を救う。明治天皇・皇后から天恩を授かる、大熊重信一をはじめ、当時の政府高官らが次々と視察に訪れる。
…福祉の概念のない当時のセーフティネットとして、今でいう「救護施設」「養護施設」「老人ホーム」「母子寮」「病院」の五つの異なる施設を設立。

【小曽根財閥】

《様々な慈善事業の財政基盤を支え続ける》

「たとえ巨大な利益を得る事業でも国家・社会の繁栄に寄与しないものには手を出さない」と、幅広い事業を手がけると同時に、人道主義で社会事業にも強い関心を持ち様々な慈善事業に貢献。

●同法人において

  • 創立から現5代目(小曽根佳生理事長)まで法人のトップを務める
  • 広大な土地の寄付など資金援助(資金援助なくして運営は困難)

法人連絡先

社会福祉法人 神戸光有会

〒652-0063 兵庫県神戸市兵庫区夢野町4丁目3番13号
TEL:078-511-3407 FAX:078-511-3541

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